タイミー130億円「金利1%」融資枠の衝撃ーーデット調達を成功させた2つの要因

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タイミー取締役CFOの八木智昭さん

ニュースサマリー:「スキマ時間」のアイデアで新たな労働インフラとなりつつあるタイミーが新たな資金調達の情報を公開した。大手3行からの融資枠を確保したもので融資上限は130億円。借入の形態はコミットメントラインでシンジケートにはせず、すべて相対での融資契約(バイラテラル)となる。引き受けたのはみずほ銀⾏、三菱UFJ銀⾏、りそな銀⾏の3行。無担保・無保証で詳細の金利(満額借入時)は非公開だが同社は1%未満としている。なお、ワラント(新株予約権)の設定をしたベンチャーデットのような形式ではなく、また、使途や口座等の制限もない。

同社の発表によると、2023年8月時点での人員は800名で昨年から倍増しており、売上の指標となる求人募集数は直近足元の数値として昨年比3.2倍と伸長している。これらの成長基調を維持し、タイミーの全国展開、多業種への展開を強化するため、マーケティング、営業人員、開発などに投資するとしている。

話題のポイント:タイミーが昨年に実施した183億円の融資枠獲得(デット調達のみ)に引き続き、130億円の資金を確保しました。経営経験者であればデットが最も資金調達コストが安いことはご存知だと思います。一方、銀行(特にメガバンク)の審査はハードルが高く、営業キャッシュフローが構造的に赤字のスタートアップにとって遠い存在でもありました。

もしデットが有効な打ち手となるのであれば、スタートアップの成長戦略・資本政策においてエポックメイキングな出来事になります。タイミーはどのようにしてこの調達を実現したのか、同社で取締役CFOを務める八木智昭さんに詳しくお話伺ってきました。

デット調達を成功させた二つの要因

タイミーのこれまでの調達ラウンド

タイミーのデット調達を成功に導いた要因は2つあります。ひとつ目はコロナ禍の苦境から這い上がった逆転劇的成長、ふたつ目は今回取材した八木さんです。先にタイミーのこれまでの資本政策やビジネスモデルについて軽くおさらいしておきます。

タイミーはこれまでシリーズDラウンドまで一般的なエクイティによる増資を実施してきました。シード期にはジェネシア・ベンチャーズ、CAV(現CAC/サイバーエージェント・キャピタル)、ガイアックスから総額5,600万円を調達し、2018年にサービスを開始。シリーズAラウンドではサイバーエージェント、オリエントコーポレーション、セブン銀行、西武しんきんキャピタルおよび個人投資家の串カツ田中ホールディングス代表取締役の貫啓二氏、SHIFT代表取締役の丹下大氏から3億円を集めました。続くシリーズBラウンドではジャフコらから20億円、シリーズCラウンドで13.4億円を調達しています。

彼らがデットを使い始めたのは次のラウンドからです。シリーズ D ラウンドで40億円を調達しているのですが、このタイミングでみずほ銀行を中心とした大手金融機関から13億円の融資枠の獲得に成功しています。この後、セカンダリ取引で香港と米国のファンドが参加していますが、どの株主が相対したかなどの取引の詳細は公表されていません。

そして昨年に実施した183億円のフルデットによる融資枠の獲得です。今回も融資したみずほ銀行、三菱UFJ銀行、りそな銀行を含め合計8行から183億円、金利1%未満の融資枠獲得に成功しています。こちらもワラント(新株予約権)なし、無担保、無保証での実施です。ちなみに昨年の融資枠はまだ全て使い切っておらず、それを超えた段階で今回の融資枠に移行するという説明でした。

  • 参考:タイミーの関連記事はこちら

ビジネスモデルはシンプルです。求人情報を掲載する企業側の掲載費用は取らず、マッチングが成約した際の報酬の30%を手数料として徴収(振込手数料は別途必要)するモデルです。彼らは売上を公表していませんが、求人募集人数の成長率を開示しています。これが流通する予算総額に相当するので、ほぼここが売上成長とみてよいでしょう。冒頭に記載した通り、昨年比で3.2倍です。登録しているワーカーは500万人(2023年6月時点)で、事業者数は4.6万です。

金利1%の与信の衝撃

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2019年、コロナが直撃する前のタイミー。シリーズBラウンド時点(写真は同社提供)

まず驚きなのが金利1%未満の融資枠、それも3桁億円を成功させた点にあります。実際に金融機関から借りたことがある経営陣の方ならわかると思いますが、決算書が赤字(特に営業キャッシュフロー、つまり日々の営業成績がネガティブ)の場合、貸してくれたとしても金利は4%とか5%とかを設定されます。

スタートアップの資本政策は「赤字・Jカーブ」を基本としているリスクだらけの案件なので、エクイティ(株式)によるものが一般的になっています。ただ、これは資金調達するコストが一般的な金利に比較にならないほど大きく、まさにハイリスク・ハイリターンの世界になっています。最近ではこの間をとったベンチャーデット(融資+新株予約権やRBF)のようなモデルも出てきています。このあたりご興味ある方はちょうど、先日この勉強会に参加したのでそのレポートをご覧ください。

ここから何がわかるかというと、タイミーは営業キャッシュフローとしては優秀(ポジティブ)という結論です。こういった成長過程にあるスタートアップがデットを使う場合、返済原資をどうするかという問題にあたるのですが(よくあるのは将来調達資金など)、タイミーは日々の営業キャッシュフローが返済原資にあたります。つまり、プライムなどに上場している企業が普通にやっている、あの資金繰りをもうやっている、というわけです。

念の為、八木さんに無理をした計画、例えば営業CFをポジティブにするためにコストを抑えたりしていませんか、と尋ねておきましたがもちろん愚問です。エクイティで集められるだけ集めてJカーブを掘り、将来成長を先取りしまくって上場、その後、トップラインが見えてきたら落ち着いて配当なりする、という、10年とか15年とかかかる工程を彼らは5年ほどで実現していることになります。

その強烈な成長を支えているのが旺盛な需要の存在です。

コロナ禍での逆転劇を支えたデータ分析の力

同社提供:ホテルの裏方で発生する軽作業に需要

タイミーといえば飲食店バイト、と言われるぐらい初期の彼らの成長を支えたのが飲食店における労働力不足という社会課題でした。しかしこれを直撃したのがコロナ禍です。2020年4月の緊急事態宣言から約2年間はご存知の通り飲食店は大打撃を受け、その余波はタイミーに襲いかかります。

せっかく伸びてきた求人数がガタガタに崩れる中、ひとつの業界だけ伸びている場所があったそうです。それが物流でした。これをきっかけ立て直しを進め、現在はコロナ禍から回復した飲食やホテルなど他業種の伸びも手伝って大幅な需要増につながっているわけなのですが、この経験から彼らは「データによる需要発見」のコツを掴んだと言います。

参考記事:スキマバイト「タイミー」運営、シリーズDで香港のファンド3社などから40億円を調達——コロナ禍、物流需要へのシフトが功を奏す

「(どうやって新たな需要・業界を見つけるのかという問いに対して)データで見ると意外とこういう使われ方されているぞとか、ここの仕事が結構増えてきてるな、という『日本の今の人手不足の状況』がわかるんですよ。物流も同じでした。飲食がバーっと崩れて、タイミーも倒産するかもしれない、マズいという時に、ひとつだけ業界が伸びてたんです。これは何か金脈あるんじゃないかっていうので営業がガーッといったと」(八木さん)。

その一例としてホテルの需要増があります。ホテルブランドによってはなかなかスキマ時間でのお仕事がないと思いきや、例えば厨房の仕事だったり清掃のような軽作業は結構あるらしく、そこをタイミーで埋めるような動きが活発化しているとのことでした。それ以外にも、例えば介護や保育についていえば、現在登録されているワーカーが500万人近く拡大したことで有資格者が存在するようになったことも、仕事の多様化を進める上で重要とお話されていました。

彼らの戦略は非常にシンプルです。最近では一本足打法では太刀打ちできない、上場後の評価を維持できないという考え方から早めに多角化する動きもありますが、八木さんによればまずそれ以前にとにかく全ての面を取り切ることが第一優先とお話されていました。今後はワーカーの認知度を全国的にするためのマーケティングと各エリアごとにプロアクティブな営業活動を進める営業リソースへの投資が基本的な戦略になりそうです。

この調達をリードした八木さんという存在

今回のデット調達は「スタートアップ冬の時代」と呼ばれるほど、株式市場の評価が厳しいタイミングでは、株式の希釈化、無駄なバリューアップをしないという点でファインプレーです。八木さんは次のようにお話されていました。

「求められる(スタートアップの)ファイナンス戦略はエクイティだけじゃなく、いろんな判断手法をしっかり引き出してちゃんと持つことなんですよね。エクイティだけじゃなくてデットもそうだし、ハイブリッドのベンチャーデットみたいなものもそうですし、それ以外のちょっと難しいスキームを使ったものとかも考えておく」。

まさに言うは易し行うは、というやつです。

八木さんは三菱UFJ銀行で銀行業務を経験し、三菱UFJモルガンスタンレー証券などでエクイティに触れ、そしてその後、スタートアップの事業会社で事業を経験された人物です。彼は投資銀行での経験から現在の株式市場におけるスタートアップの評価が膨れていて、いずれは弾けるということを念頭に、彼がタイミーに入った2020年末あたりから、主要な金融機関をしっかりと周り、デットでの可能性と準備を進めていたそうなのです。

細かいところで言うと、日々資金繰りという表があるのですが、こういった細かい情報まで金融機関と共有して、本当に計画通り成長しているのか予実も含めて1年近くコミュニケーションをとっていたそうです。金融機関との付き合いが古い中小企業であれば当たり前の風景かもしれませんが、彼らは創業から数年のスタートアップです。メガバンク相手にこうした「ふるまい」ができたのも大手行出身の八木さんならではと言えるでしょう。ちなみに今回、相対の契約でそれぞれ融資契約を獲得していますが、ここも八木さんにとっては慣れた風景だったそうです。

証券や金融機関出身のアクティブなスタートアップ経営者、CFOといえばミクシィ(現・MIXI)のCFOを務めた小泉文明さん(現・メルカリ他)や先日、ラクスルの二代目代表に就任した永見世央さんなどがいますが、「銀行」「証券・投資銀行」「事業会社」の三つの性質を全て経験したスタートアップ経営陣は実は珍しい存在です。

スタートアップといえばタイミー創業者の小川嶺さんのように「強い創業者」に注目が集まりがちですが、今後、企業規模が大きくなるにつれ、こうしたコーポレートに強い経営陣をいかにして獲得するかが生死の分かれ目になっていくのかもしれません。

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